凱旋門賞の日本馬の歴代成績|最高着順は?全40回の一覧

この記事の要点
- 凱旋門賞に出走した日本馬は、1969年のスピードシンボリから2026年まで、のべ40回・37頭(24年)。勝った馬はまだいない(2026年11月1日時点)
- 最高着順は2着の4回。1999年のエルコンドルパサー、2010年のナカヤマフェスタ、2012年・2013年のオルフェーヴル。2006年のディープインパクトは3位に入線したが失格になった
- 騎手では武豊騎手の7回が最多で、最高はキズナの4着。調教師では池江泰寿調教師の5回が最多で、オルフェーヴルで2着2回
- 2着の4回は、4回ともその年のフォワ賞を使ってから凱旋門賞に出ていた
- 2026年はアドマイヤテラが11着、メイショウタバルが14着。勝ったのはダリズで、2025年に続く連覇だった
目次
本記事では、凱旋門賞に出走した日本馬の成績を、1969年のスピードシンボリから2026年のアドマイヤテラ・メイショウタバルまで、すべて一覧にする(2026年11月1日時点。2026年の凱旋門賞まで)。日本馬の出走はのべ40回・37頭で、勝ちはまだない。最高着順は2着で、4回ある。着順別の回数、2回出走した馬、騎手・調教師、前哨戦のフォワ賞・ニエル賞、2026年の結果、レースの条件もあわせて整理する。
凱旋門賞で日本馬は勝ったことがある?のべ40回で勝ちなし
日本馬が凱旋門賞を勝ったことは、まだない。2026年11月1日時点で、日本馬はのべ40回出走し、出走した馬は37頭、出走した年は24年になる。
最初の出走は、1969年のスピードシンボリだ。そのあと1972年のメジロムサシ、1986年のシリウスシンボリと続き、1999年からは出走する年が増えた。2010年以降で日本馬が出なかったのは、2015年だけだ。
本記事の「日本馬」は、JRA所属馬として凱旋門賞に出走した馬を数えている。
日本馬の最高着順は2着|4回・3頭
日本馬の最高着順は2着で、3頭が4回入っている。
| 年 | 馬名 | 性齢 | 騎手 | 調教師 | 勝ち馬との着差 | 勝ち馬 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1999 | エルコンドルパサー | 牡4歳 | 蛯名正義 | 二ノ宮敬宇 | 1/2馬身 | モンジュー |
| 2010 | ナカヤマフェスタ | 牡4歳 | 蛯名正義 | 二ノ宮敬宇 | アタマ | ワークフォース |
| 2012 | オルフェーヴル | 牡4歳 | C.スミヨン | 池江泰寿 | クビ | ソレミア |
| 2013 | オルフェーヴル | 牡5歳 | C.スミヨン | 池江泰寿 | 5馬身 | トレヴ |
4回のうち3回は、1/2馬身・アタマ・クビの差だった。2着を2回とったのはオルフェーヴルだけで、2012年・2013年と2年続けて2着に入った。2着に乗ったのは蛯名正義騎手とC.スミヨン騎手で2回ずつ、送り出した調教師は二ノ宮敬宇調教師と池江泰寿調教師で2回ずつだ。4回とも、4歳か5歳の牡馬だった。
2006年のディープインパクトは3位に入線したが、禁止薬物で失格になった。そのため、日本馬の3着は記録の上では0回だ。
オルフェーヴルの産駒の特徴と成績は「オルフェーヴル産駒の特徴と成績」、ディープインパクトの産駒は「ディープインパクト産駒の特徴と血統」で扱っている。
凱旋門賞に出走した日本馬の全一覧(1969年〜2026年)
のべ40回の出走を、年の順に並べた。性齢はJRAの今の数え方で書いている。
| 年 | 馬名 | 性齢 | 騎手 | 調教師 | 着順 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1969 | スピードシンボリ | 牡6歳 | 野平祐二 | 野平省三 | 着外 |
| 1972 | メジロムサシ | 牡5歳 | 野平祐二 | 大久保末吉 | 18着 |
| 1986 | シリウスシンボリ | 牡4歳 | M.フィリップロン | 二本柳俊夫 | 14着 |
| 1999 | エルコンドルパサー | 牡4歳 | 蛯名正義 | 二ノ宮敬宇 | 2着 |
| 2002 | マンハッタンカフェ | 牡4歳 | 蛯名正義 | 小島太 | 13着 |
| 2004 | タップダンスシチー | 牡7歳 | 佐藤哲三 | 佐々木晶三 | 17着 |
| 2006 | ディープインパクト | 牡4歳 | 武豊 | 池江泰郎 | 失格※ |
| 2008 | メイショウサムソン | 牡5歳 | 武豊 | 高橋成忠 | 10着 |
| 2010 | ヴィクトワールピサ | 牡3歳 | 武豊 | 角居勝彦 | 7着 |
| 2010 | ナカヤマフェスタ | 牡4歳 | 蛯名正義 | 二ノ宮敬宇 | 2着 |
| 2011 | ヒルノダムール | 牡4歳 | 藤田伸二 | 昆貢 | 10着 |
| 2011 | ナカヤマフェスタ | 牡5歳 | 蛯名正義 | 二ノ宮敬宇 | 11着 |
| 2012 | オルフェーヴル | 牡4歳 | C.スミヨン | 池江泰寿 | 2着 |
| 2012 | アヴェンティーノ | 牡8歳 | A.クラストゥス | 池江泰寿 | 17着 |
| 2013 | キズナ | 牡3歳 | 武豊 | 佐々木晶三 | 4着 |
| 2013 | オルフェーヴル | 牡5歳 | C.スミヨン | 池江泰寿 | 2着 |
| 2014 | ハープスター | 牝3歳 | 川田将雅 | 松田博資 | 6着 |
| 2014 | ジャスタウェイ | 牡5歳 | 福永祐一 | 須貝尚介 | 8着 |
| 2014 | ゴールドシップ | 牡5歳 | 横山典弘 | 須貝尚介 | 14着 |
| 2016 | マカヒキ | 牡3歳 | C.ルメール | 友道康夫 | 14着 |
| 2017 | サトノダイヤモンド | 牡4歳 | C.ルメール | 池江泰寿 | 15着 |
| 2017 | サトノノブレス | 牡7歳 | 川田将雅 | 池江泰寿 | 16着 |
| 2018 | クリンチャー | 牡4歳 | 武豊 | 宮本博 | 17着 |
| 2019 | キセキ | 牡5歳 | C.スミヨン | 角居勝彦 | 7着 |
| 2019 | ブラストワンピース | 牡4歳 | 川田将雅 | 大竹正博 | 11着 |
| 2019 | フィエールマン | 牡4歳 | C.ルメール | 手塚貴久 | 12着 |
| 2020 | ディアドラ | 牝6歳 | J.スペンサー | 橋田満 | 8着 |
| 2021 | クロノジェネシス | 牝5歳 | O.マーフィー | 斉藤崇史 | 7着 |
| 2021 | ディープボンド | 牡4歳 | M.バルザローナ | 大久保龍志 | 14着 |
| 2022 | タイトルホルダー | 牡4歳 | 横山和生 | 栗田徹 | 11着 |
| 2022 | ステイフーリッシュ | 牡7歳 | C.ルメール | 矢作芳人 | 14着 |
| 2022 | ディープボンド | 牡5歳 | 川田将雅 | 大久保龍志 | 18着 |
| 2022 | ドウデュース | 牡3歳 | 武豊 | 友道康夫 | 19着 |
| 2023 | スルーセブンシーズ | 牝5歳 | C.ルメール | 尾関知人 | 4着 |
| 2024 | シンエンペラー | 牡3歳 | 坂井瑠星 | 矢作芳人 | 12着 |
| 2025 | ビザンチンドリーム | 牡4歳 | O.マーフィー | 坂口智康 | 5着 |
| 2025 | クロワデュノール | 牡3歳 | 北村友一 | 斉藤崇史 | 14着 |
| 2025 | アロヒアリイ | 牡3歳 | C.ルメール | 田中博康 | 16着 |
| 2026 | アドマイヤテラ | 牡5歳 | C.デムーロ | 友道康夫 | 11着 |
| 2026 | メイショウタバル | 牡5歳 | 武豊 | 石橋守 | 14着 |
※ディープインパクトは3位に入線したが、禁止薬物で失格
1年で最も多く出走したのは2022年の4頭(タイトルホルダー、ステイフーリッシュ、ディープボンド、ドウデュース)。3頭が出たのは2014年・2019年・2025年だ。2016年のマカヒキと、2017年のサトノダイヤモンド・サトノノブレスは、パリロンシャン競馬場ではなくシャンティイ競馬場で行われた凱旋門賞に出ている。
着順別の回数|5着以内は7回
| 着順 | 回数 | 馬 |
|---|---|---|
| 1着 | 0 | — |
| 2着 | 4 | エルコンドルパサー、ナカヤマフェスタ、オルフェーヴル(2回) |
| 3着 | 0 | — |
| 4着 | 2 | キズナ(2013年)、スルーセブンシーズ(2023年) |
| 5着 | 1 | ビザンチンドリーム(2025年) |
| 6〜9着 | 6 | ハープスター(6着)、ヴィクトワールピサ・キセキ・クロノジェネシス(7着)、ジャスタウェイ・ディアドラ(8着) |
| 10着以下 | 25 | — |
| 着外 | 1 | スピードシンボリ(1969年) |
| 失格 | 1 | ディープインパクト(2006年) |
| 計 | 40 |
5着以内は7回(2着4回・4着2回・5着1回)で、40回のうち25回は10着以下だった。2着の4回のあとでは、2013年のキズナと2023年のスルーセブンシーズの4着が次に高い。
性別では、牡馬が36回、牝馬が4回(ハープスター、ディアドラ、クロノジェネシス、スルーセブンシーズ)。牝馬の最高は、スルーセブンシーズの4着だ。ハープスターの競走生活は「ハープスター引退までの軌跡」でたどっている。
年齢別では、3歳が8回、4歳が14回、5歳が12回、6歳が2回、7歳が3回、8歳が1回。3歳の最高はキズナの4着で、2着の4回はすべて4歳・5歳の馬だった。
2回出走した日本馬は3頭
| 馬名 | 1回目 | 2回目 |
|---|---|---|
| ナカヤマフェスタ | 2010年 2着 | 2011年 11着 |
| オルフェーヴル | 2012年 2着 | 2013年 2着 |
| ディープボンド | 2021年 14着 | 2022年 18着 |
凱旋門賞に2回出た日本馬は3頭で、3回以上出た馬はいない。3頭とも2年続けて出走している。2回とも2着だったのはオルフェーヴルだけで、ナカヤマフェスタは2着の翌年に11着だった。
騎手・調教師別の成績
騎手|最多は武豊騎手の7回
| 騎手 | 騎乗回数 | 最高着順 |
|---|---|---|
| 武豊 | 7 | 4着(キズナ) |
| C.ルメール | 6 | 4着(スルーセブンシーズ) |
| 蛯名正義 | 4 | 2着(エルコンドルパサー、ナカヤマフェスタ) |
| 川田将雅 | 4 | 6着(ハープスター) |
| C.スミヨン | 3 | 2着(オルフェーヴル2回) |
| 野平祐二 | 2 | 18着(メジロムサシ)、ほかに着外1回 |
| O.マーフィー | 2 | 5着(ビザンチンドリーム) |
日本馬に乗った騎手は19人。最多は武豊騎手の7回で、ディープインパクト、メイショウサムソン、ヴィクトワールピサ、キズナ、クリンチャー、ドウデュース、メイショウタバルに乗った。C.ルメール騎手が6回で続く。
日本馬で2着に入った騎手は、蛯名正義騎手とC.スミヨン騎手の2人で、2回ずつ。日本の騎手では、蛯名正義騎手の2着2回が最高だ。
調教師|最多は池江泰寿調教師の5回
| 調教師 | 出走回数 | 最高着順 |
|---|---|---|
| 池江泰寿 | 5 | 2着(オルフェーヴル2回) |
| 二ノ宮敬宇 | 3 | 2着(エルコンドルパサー、ナカヤマフェスタ) |
| 友道康夫 | 3 | 11着(アドマイヤテラ) |
| 佐々木晶三 | 2 | 4着(キズナ) |
| 角居勝彦 | 2 | 7着(ヴィクトワールピサ、キセキ) |
| 須貝尚介 | 2 | 8着(ジャスタウェイ) |
| 斉藤崇史 | 2 | 7着(クロノジェネシス) |
| 大久保龍志 | 2 | 14着(ディープボンド) |
| 矢作芳人 | 2 | 12着(シンエンペラー) |
日本馬を送り出した調教師は26人。最多は池江泰寿調教師の5回で、オルフェーヴルの2回のほか、2012年のアヴェンティーノ、2017年のサトノダイヤモンドとサトノノブレスを出走させた。友道康夫調教師は、2016年のマカヒキ、2022年のドウデュース、2026年のアドマイヤテラの3回だ。
前哨戦(フォワ賞・ニエル賞)と凱旋門賞の着順
40回のうち23回は、同じ年にヨーロッパのレースを使ってから凱旋門賞に出ている。多いのは、フランスのフォワ賞(GⅡ)とニエル賞(GⅡ)だ。
| 年 | 馬名 | 前哨戦 | 前哨戦の着順 | 凱旋門賞の着順 |
|---|---|---|---|---|
| 1999 | エルコンドルパサー | フォワ賞 | 1着 | 2着 |
| 2010 | ナカヤマフェスタ | フォワ賞 | 2着 | 2着 |
| 2010 | ヴィクトワールピサ | ニエル賞 | 4着 | 7着 |
| 2011 | ヒルノダムール | フォワ賞 | 2着 | 10着 |
| 2011 | ナカヤマフェスタ | フォワ賞 | 4着 | 11着 |
| 2012 | オルフェーヴル | フォワ賞 | 1着 | 2着 |
| 2012 | アヴェンティーノ | フォワ賞 | 5着 | 17着 |
| 2013 | オルフェーヴル | フォワ賞 | 1着 | 2着 |
| 2013 | キズナ | ニエル賞 | 1着 | 4着 |
| 2016 | マカヒキ | ニエル賞 | 1着 | 14着 |
| 2017 | サトノダイヤモンド | フォワ賞 | 4着 | 15着 |
| 2017 | サトノノブレス | フォワ賞 | 6着 | 16着 |
| 2018 | クリンチャー | フォワ賞 | 6着 | 17着 |
| 2019 | キセキ | フォワ賞 | 3着 | 7着 |
| 2021 | ディープボンド | フォワ賞 | 1着 | 14着 |
| 2022 | ドウデュース | ニエル賞 | 4着 | 19着 |
| 2025 | ビザンチンドリーム | フォワ賞 | 1着 | 5着 |
フォワ賞は古馬、ニエル賞は3歳の日本馬が使ってきた。フォワ賞はのべ13回で、勝ったのは5回。その5回の凱旋門賞は、2着・2着・2着・14着・5着だった。ニエル賞はのべ4回で、勝った2回(キズナ、マカヒキ)の凱旋門賞は4着と14着だ。
日本馬の2着の4回は、4回ともその年のフォワ賞を使っていた(エルコンドルパサーとオルフェーヴルの2回は1着、ナカヤマフェスタは2着)。エルコンドルパサーは1999年、イスパーン賞(GⅠ)2着、サンクルー大賞(GⅠ)1着、フォワ賞1着と走ってから凱旋門賞に出た。この年の4戦は「JRA賞年度代表馬の歴代一覧」でも取り上げている。
フォワ賞・ニエル賞のほかでは、次のレースから凱旋門賞に向かった。
| 年 | 馬名 | 前哨戦 | 前哨戦の着順 | 凱旋門賞の着順 |
|---|---|---|---|---|
| 1969 | スピードシンボリ | キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスステークス(イギリス)、ドーヴィル大賞 | 5着、10着 | 着外 |
| 2020 | ディアドラ | エクリプスステークス(GⅠ・イギリス)、ナッソーステークス(GⅠ・イギリス) | 5着、7着 | 8着 |
| 2022 | ステイフーリッシュ | ドーヴィル大賞(GⅡ) | 2着 | 14着 |
| 2024 | シンエンペラー | アイリッシュチャンピオンステークス(GⅠ・アイルランド) | 3着 | 12着 |
| 2025 | アロヒアリイ | ギヨームドルナノ賞(GⅡ) | 1着 | 16着 |
| 2025 | クロワデュノール | プランスドランジュ賞(GⅢ) | 1着 | 14着 |
同じ年にヨーロッパのレースを使わずに凱旋門賞に出た日本馬は、2026年のアドマイヤテラ・メイショウタバルを含めて16回ある(1986年のシリウスシンボリは、凱旋門賞の前のレースが記録から分からないので、どちらにも入れていない)。この16回の最高着順は、2023年のスルーセブンシーズの4着だ。前哨戦を使った23回とあわせても数が少なく、使ったかどうかだけで着順の差を言い切れるほどではない。
2026年の凱旋門賞の結果|日本馬2頭とダリズの連覇
2026年の凱旋門賞は、10月4日(日曜)にパリロンシャン競馬場で行われた。発走は現地時間16時05分(日本時間23時05分)。16頭が出走し、馬場は芝の稍重だった。
| 着順 | 馬名 | 性齢 | 斤量 | 騎手 | 調教師 | 単勝人気 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1着 | ダリズ | 牡4歳 | 59.5kg | M.バルザローナ | F.グラファール | 1番人気 |
| 2着 | ベイシティローラー | 牡4歳 | 59.5kg | O.マーフィー | G.スコット | 13番人気 |
| 3着 | ダイヤモンドネックレス | 牝3歳 | 55.0kg | C.スミヨン | A.オブライエン | 7番人気 |
| 11着 | アドマイヤテラ | 牡5歳 | 59.5kg | C.デムーロ | 友道康夫 | 9番人気 |
| 14着 | メイショウタバル | 牡5歳 | 59.5kg | 武豊 | 石橋守 | 2番人気 |
※単勝人気はJRAの発売での人気
日本馬は2頭が出走し、アドマイヤテラが11着、メイショウタバルが14着だった。メイショウタバルはJRAの発売で2番人気に推されていた。2頭とも、2026年は同じ年にヨーロッパのレースを使わずに凱旋門賞に出ている。
勝ったのはフランスのダリズで、タイムは2分27秒11。2着のベイシティローラーに1 1/4馬身差をつけた。ダリズは2025年の凱旋門賞も勝っていて、2年続けての勝ちになる。2025年に出走した日本馬3頭(ビザンチンドリーム5着、クロワデュノール14着、アロヒアリイ16着)も、ダリズに敗れている。
JRAは2026年の凱旋門賞の馬券を発売し、ネット投票は日本時間10月4日の7時00分から売った。払戻は単勝が310円、馬連が6,930円、3連単が90,570円(299番人気)だった。ネット投票の始め方は「馬券のネット購入」で説明している。
凱旋門賞の条件|パリロンシャン・芝2,400m
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 格 | GⅠ |
| 競馬場 | パリロンシャン競馬場(フランス) |
| コース | 芝2,400m(右回り) |
| 出走できる馬 | 3歳以上の牡馬・牝馬 |
| 斤量 | 定量 |
| 最大の出走頭数 | 24頭(2023年から) |
| 2026年の賞金 | 総額500万ユーロ、1着285万7,000ユーロ |
凱旋門賞は、3歳以上の牡馬・牝馬が出られる、定量のGⅠだ。2026年の斤量は、3歳の牡馬が56.5kg、3歳の牝馬が55.0kg、4歳以上の牡馬が59.5kg、4歳以上の牝馬が58.0kgだった。
1920年に創設され、1939年・1940年は行われなかった。2026年が105回目になる。最大の出走頭数は、2022年に3頭が除外になったことを受けて、2023年から4頭増えて24頭になった。
ふだんはパリロンシャン競馬場で行われるが、2016年・2017年はシャンティイ競馬場で行われた。1943年・1944年は、ル・トランブレー競馬場の芝2,300mだった。
凱旋門賞のほかに日本馬が勝った海外のGⅠは「海外GⅠを勝った日本馬一覧」で並べている。凱旋門賞は勝ちがないので、この一覧には入っていない。
まとめ
凱旋門賞に出走した日本馬は、1969年のスピードシンボリから2026年まで、のべ40回・37頭で、勝ちはまだない(2026年11月1日時点)。最高着順は2着の4回で、1999年のエルコンドルパサー、2010年のナカヤマフェスタ、2012年・2013年のオルフェーヴルが入った。2着の4回はどれもフォワ賞を使ってからの出走だった。騎手では武豊騎手の7回、調教師では池江泰寿調教師の5回が最多。2026年はアドマイヤテラが11着、メイショウタバルが14着で、ダリズが連覇した。
よくある質問
- 凱旋門賞を勝った日本馬はいる?
- いない(2026年11月1日時点)。日本馬(JRA所属馬)は1969年のスピードシンボリから2026年のアドマイヤテラ・メイショウタバルまで、のべ40回・37頭が出走して、勝ちはない。
- 凱旋門賞の日本馬の最高着順は?
- 2着で、4回ある。1999年のエルコンドルパサー(1/2馬身差)、2010年のナカヤマフェスタ(アタマ差)、2012年(クビ差)と2013年(5馬身差)のオルフェーヴル。
- ディープインパクトの凱旋門賞の着順は?
- 2006年の凱旋門賞で3位に入線したが、禁止薬物で失格になった。記録の上では失格で、着順は付いていない。
- 凱旋門賞に出た日本馬は何頭?
- JRA所属馬はのべ40回、37頭(2026年まで)。ナカヤマフェスタ、オルフェーヴル、ディープボンドの3頭が2回ずつ出走した。出走した年は24年で、1年で最も多いのは2022年の4頭。
- 2026年の凱旋門賞の日本馬の結果は?
- 2026年10月4日(日曜)にパリロンシャン競馬場で行われ、アドマイヤテラ(C.デムーロ騎手)が11着、メイショウタバル(武豊騎手)が14着だった。勝ったのはダリズで、2025年に続く連覇。
- 凱旋門賞の距離とコースは?
- パリロンシャン競馬場の芝2,400m(右回り)。3歳以上の牡馬・牝馬が出られる定量のGⅠ。2016年・2017年は、シャンティイ競馬場で行われた。






